明日は…

事務所内も明日からの戦いの準備が整いました。青年会・婦人会の方々が明日のために最終チェックをして下さいました。地域の方々も、事務所内を訪れて励まして下さいます。

いよいよです。節度を守ってしっかりとお訴えをさせていただきます。有権者の方々にもしっかりと見ていただきたいです。再び中央区・区民の皆様の為に働かせていただけるよう元気に頑張ります。どうぞよろしくお願い致します。

明日から1週間、公職選挙法により更新できません。今日までありがとうございました。

ポスター剥がし

皆様のご好意で貼らせていただいた事前ポスターを剥がしにお伺いしました。「なんで剥がすの?」の声を始め、「わざわざ来なくても電話くれれば剥がしておくのに…」「いつまでも貼っておきたかったのに…」等々のお声、また、雨や風で傷んでしまうからと貼り場所が変わっていたり、紛失しないように補強して貼って下さったり…、感激の連続でした。皆様の温かさに励まされ、勇気と元気が湧いてきました。必ずご恩返しができるよう、力一杯頑張ります。ポスターを貼らせていただいた皆様、本当にありがとうございました。

事務所

事務所は、中央区八丁堀2-15-8 坪井ビル1階です。 八丁堀には、『すずらん通り』と『二八通り』の2つのメインストリートがあります。その『二八通り』に面したにぎやかなところです。

八丁堀の氏神様、日枝神社様にお越しいただき事務所の神事を行いました。神棚は、町内のかしら、鏡さんが取り付けて下さいました。立派な牛蒡注連、この事務所のために鏡さんが用意していて下さったものです。新たな気持ちでスタートです。

事務所内の一部です。まだ雑然としていて片付いていませんが、初めてお世話になった20年前から、一貫して手作りの事務所です。お仕事の合間に設営に駆けつけて下さる青年会の方々、お台所に必要なものを手分けして持ち寄って下さる婦人会の方々。湯呑もポットもやかんもあっという間に揃い、居心地の良い事務所が完成します。

ホームページ

この時期だからなのでしょう…、ホームページをリニューアルされる方の多さに驚きました。新兵器を導入して一気にアップ!。我が家はコツコツ手作りのホームページ、比較してしまえば見劣りするのは勿論、決して見やすいとはいえないものです。しかし、この時期に照準を合わすのはどうなのかな…「?」と思うことも…。

夫の仕事は皆様に見えるようで見えていない部分も多々あると思います。そして、こちらからの発信が伝わらないこともあります。地域の方々とは、会合・行事に呼んでいただいたり、街中での立ち話やお困りごとなどでお話する機会があり、皆様とつながりが深まるようになりました。日頃の考えなどを深く知っていただきたいとブログ・ツイッターの利用を始め、また少し輪が広がったように感じます。アナログ人間と誰もが認めていたほどでしたが、この頃は毎日更新のブログが日課になり、話のタネを見つけている夫です。夫自身も考えを文章で発表することによって、自分の思いを簡潔にまとめるいい勉強になっているようです。

コツコツと着実に、誠実に進んでまいります。経験を積ませていただいたお蔭様で、即戦力として皆様のお役に立ちます。これからもコツコツと頑張ります。

区政懇談会

お呼びかけをいただき、各地域で複数回の区政懇談会を開催しています。築地市場のこと・小学校建て替えのこと・防災のこと…などなど、真剣に聞いて下さいました。今回は東日本大震災があったため、防災の質問が多かったです。夫も、日々更新される防災関係のデータを集め、しっかり予習をしていました。活発な意見交換で、あっというまに時間が過ぎ有意義なひとときとなりました。

都知事選挙

20110410_01統一地方選挙の前半戦、都知事選が終わりました。石原都知事が当選しました。震災直後の選挙戦スタートだったので、各々の陣営も戦い方を模索しながらだったようです。自民党の防災会議で、石原都知事から伺った東日本大震災後の視察報告には、報道されない事例・現場の声に、凄まじさ・悲惨さを改めて痛感。復旧・復興のためにがんばろうと誓いました。

独り立ち

我が家の一人息子が、就職の為、家を出ていきました。親離れ子離れは完璧と思っていた私でしたが、社会人のスタートを祝う気持ちとともに、淋しさも味わい、子離れできていないのは自分の方だったと改めて感じました。

息子が1歳9か月の時に、夫が区議選に初出馬。息子は私の実家に準備期間も含め2か月ほど預けっぱなし。実家で泣きもせず無邪気に遊ぶ息子の姿を見て、私の母が不憫がっていたのを今でも思い出します。

2期目の選挙の時は、小学校に入学した4月。同じマンションの方が寝食をともに面倒をみて下さいました。3期目は小学5年生。クラスメートのお母さんが預かってくれました。4期目は中学3年生、部活を終え選挙事務所の台所に帰宅。婦人会の方々のご好意で晩ご飯の支度ができていました。5期目は大学1年生。お手伝いいただく方々に「あのオチビが…」と驚かれていました。下町の温かい人情の中、地域の方々にお世話になりながらの子育て、感謝の気持ちでいっぱいです。

明日4月1日の入社式に合わせ、本日入寮。どなたかにアドバイスをいただいたのでしょうか…家を出る際、「22年間、お世話になりました。ありがとう」と言われた時には、涙がこぼれそうになるのを必死でこらえました。息子の独り立ち、静かに見守ることにします。

私たちと一緒に息子を育てていただいた皆様、大変お世話になりました。ありがとうございました。これからもご指導いただきますようよろしくお願い致します。

東日本巨大地震救援募金

自由民主党中央区議団で、銀座4丁目交差点の三愛ドリームセンター前にて救援募金活動をしました。温かいお気持ちをたくさんお預かり致しました。日本赤十字社を通して、被災地の皆様にお届けさせていただきます。ありがとうございました。

 

スーパーから食べ物が…

サラダ油がなくなったので、近くのスーパーに買いに行きました。節電に協力中の店内、3日ぶりの買い物だったので、店内の品薄状態に驚きです。スーパーの店員さんが、「日曜日(13日)からたくさん買い物する人が殺到して…」「尋常じゃないよね」「過剰な反応に恐怖を感じる」等々、買い物の様子を話してくれました。一昨日~昨日まで続いていたガソリンスタンドの行列は、『売り切れ』の貼り紙とともに静かなスタンドになっていました。どうしてひたすら買い込むのでしょうか…。オイルショックを経験された方もいらっしゃるでしょう。あの時の教訓を思い出しましょう。被災地の方の気持ちに心を寄せましょう。テレビから流れる生の声に耳を傾けましょう。今、私たちが真っ先にするのは、過剰な買い物ではなく、節電に協力し、冷静になることでは…。

お米の棚、上段に麦だけが残っていました。 肉・野菜は普段と同じ状態でした。

 

 

 

 

 

牛乳の棚。1本もありません。ジュース・お茶の飲料はありましたが、水はありませんでした。その他、豆腐・パン・卵・即席麺もありません。主食を小麦粉で代用しようと思い、店内を探すと薄力粉・強力粉もありませんでした。

東日本大震災 3月11日(金)の記録

我が家の廊下側の外壁。
タイルが一部落下しました。
マンションの管理人さんより 「3階から7階まで同じ場所の外壁タイルが落下した」と教えていただきました。

 

 

夫は予算委員会で区役所、息子も私用で外出。のどかな午後のひとときに横揺れ、「…?」と思った瞬間に大きな横揺れが!。家中ガタガタと家具の揺れる音が鳴り響き、恐怖の中を通路確保のため、玄関ドアとベランダ窓をなんとか全開に…。我が家はマンションの5階、同じ階の方々が自然と廊下に集まり、お互いに励ましあい、揺れが収まるのを待ちました。

「カーン、カーン」と、どこからか何かがぶつかる大きな音が聞こえ、いつまでも止まない。非常階段から階下を見ると、裏の河川(亀島川)につながれている複数の船が波に揺れぶつかり合う音でした。

路上には、建物内から避難してきた大勢の人が道にあふれ、ご近所の方々と階下に降りるべきか、この場を動かないべきか相談し、この場にとどまることを選択。時折襲ってくる余震に、励まし合いながらおさまるのを待ちました。ご近所の方々と一緒に過ごし、温かさ・心強さなど、身をもって感じました。

携帯がつながらず、家族のことを心配していると、夫・息子から家の電話に各々連絡あり。皆無事でひとまず安心。息子は、京橋プラザの公園に避難したとのこと。あまりの人の多さに公園に入れず、道路にはみ出す人もいて、ただただ驚いたと開口一番帰宅した息子の感想でした。携帯電話が長時間に渡り不通になるのも初めての経験でした。

晩ご飯の食材ストックがないので、コンビニに行くため外に出ました。テレビで、鉄道が止まっているとアナウンスしていた通り、徒歩で帰る人の波で、朝の通勤時より歩道が人でいっぱいでした。コンビニの棚には、被災後2時間超でパンとカップ麺が完売、飲料水も残り少なく…。食料を購入して、家路を急ぐ人、勤務先に宿泊する人、コンビニの中も人・人・人でした。勤務先の防災対策で用意された会社名入りのヘルメットと防災袋を身に着けた方々の姿も多かったです。

年に1度の防災訓練で対応事項のひとつになる帰宅難民。机上の空論だった部分が、今回の被災で現実のものとして捉えることができました。また、地域の方々の被災状況も伺い、被災時間・天候・規模・家族形態・家屋状況等によって、いく通りもの課題を見出すこともできました。今後の防災対策に生かしていきます。

福島市内の夫の実家とは電話・携帯がしばらくつながらず、ようやくメールで無事を確認したのは夜遅くなってからでした。たびたび起こる余震、断水・停電で不自由で不安な生活を送っているようですが、全員が元気でいてくれて安心しました。

震災でお亡くなりになられた方のご冥福を心からお祈り申し上げます。
被災者の皆様 心よりお見舞い申し上げます。